子宮全摘手術当日後半

 

病室に戻り

なんとなく意識が戻った時の時刻は15時30分ぐらいだったと思う。

 

目が覚めて

最初に感じたのは

うぅ...腰か痛い...

お腹の痛みは全身麻酔も効いてるのでそこまでわからなかったけど

とにかく腰が痛い。

 

寝返りをしたくても

色々な管が

身体についていて

動いていいのかもかもわからない

意識もまだ朦朧としてる中、

自分は生きてる

終わったんだとそれだけが頭の中にあった。

 

術後

私についていた管は

心電図、

指に酸素濃度

抗生剤を入れる点滴

尿道カテーテル

術後の血栓防止のエアマッサージが両足に装着されていた。

 

 

産婦人科病棟ということもあり

廊下では

新しく産まれた命の鳴き声と

両脚に装着された

エアを運ぶポンプの音が意識が戻った耳に時々残っていた。

 

手術当日は

硬膜外麻酔効果もあるのか

寝返りを打つたびに

命綱のようボタンを押していた。

楽になったかどうかもわからないけど

ただ時間が過ぎるのだけを待ち願った。

 

この1日を乗り越えれば

大丈夫。

手術前は不安で心配な事沢山あると思う

子宮筋腫やあまり多くは話せない

自分だけが抱えてきた女性特有の疾患の悩みを

我慢してきた

沢山の時間に比べれば

この手術は決して怖くない。

望む価値はあると思う。

私も5年悩んで決意した。

子宮摘出ってそんな簡単に出せる答えじゃない

自分が1番わかってる。

周りの人は

子宮取るなんてよくないよとか

子宮取ってから別れた夫婦もいるんだってとか

相手を想う優しさのような言葉の奥に

心無い感情とも受けれる言葉も投げかけられた。

 

沢山の選択肢がある中で

私はこの決断をした。

もう手術は終わった。

泣いても喚いても子宮はない

もう戻らないのだ。

今までありがとうの感謝を胸に

女性としての象徴を失った

新しい自分を

自分で愛していこうと思う。

 

物事は表裏一体

こうやって文章に残そうと思う自分は

手術をしなければいなかったとだろうし

50代にして

命の大切さ、健康への感謝を改めて学べたと思う。

 

これから手術を悩まれてる方へ

手術前に動画等で

私のよう沢山の情報を調べている方もいるであろう。

GPTにどれだけ質問したかわからない(笑)

 

でも手術当日がピーク

その日は麻酔をしっかりしているし

自分の本当に疲弊してるから意識がしっかりする頃には

朝になってるから大丈夫

 

怖くないからね

手術次の日はまた少し良くなってる

明日は今日より辛くない。

明日は必ず来る。

 

 

子宮全摘手術当日前半

 

私の手術は朝9時からスタート

朝7時30分までに手術着に着替え

前が開く紙パンツと

メディキュットみたいな靴下を履きます。

(こちらは術後の血栓予防の為に必要との事)

 

8時55分になると

看護婦さんが部屋まで迎えにきてくれて

地下の手術室まで

徒歩で行きます。

 

ビックリしたのが

同じような手術をする人が4〜5人いて

みんな点滴つけながら

ゾロゾロ看護婦さんに連れられて

それぞれの手術室向かうエレベーターに乗ったの。

経験した事ないから不思議な感覚でした。

手術室に入ったら

名前と生年月日

自分の手術内容を看護婦さんに伝えて

いざ手術台へ

 

手術室はとても広く

清潔なイメージでした。

手術台に乗ると

麻酔の先生が目に入り

今から眠くなるお薬入れますね〜と言われ

もうそこから記憶なし

次の瞬間

終わりましたよ〜と話しかけられ

目が覚めた時には病室に戻ってました。

 

ここからが1番キツかったかなぁ...

 

 

 

子宮全摘手術入院1日目

 

やっと手術が出来る

この長年のモヤモヤから解放されるという思いと

 

私は

子宮無くなっちゃうんだというなんとも言えない

感情...

正しいのか?入院しても複雑な感情はあった。

 

でももう入院

明日になれば全て終わる。

ただ時間の流れるのを待つ

長いようで短い時間でした。

 

お昼から病院に入り

身長、体重測定

コロナ検査をして

30分後に検査結果が出て

陰性なら入院という形になります。

 

病室に入ってからは

特に夕飯まですることもなく

病院の説明iPadに目を通して

静かに過ごしてました。

 

病院食は薄味なので

ふりかけ持ってきて正解でした。

 

 

 

 

子宮全摘手術までの道のり2

 

 

2026年1月から

新しい病院へ通う。

ここの病院に決めた理由は

婦人科の腹腔鏡手術では手術数が日本で1番多くされるとの事。

私ぐらい巨大な筋腫でも

腹腔鏡手術を行えるとの事も聞き決めました。

最初の診察を終えて

先生はかなり大きいです。と

普通子宮は7cm弱ぐらいらしいんだけど

私のは

子宮筋腫と合わせると

縦の長さが19cm

横の長さは14cm

かなり巨大な筋腫であった。

 

これは手術した方がいいですねとなり

色々スケジュールを合わせると4月に手術日が決まった。

 

手術までにした事は

まず毎朝レルミナ錠を飲む事

病院へは2回ぐらい検査に通いました。

あと1回は旦那さんを連れて

手術前のお話を聞きに行き

手術まで初回を入れたら4回通いました。

 

検査は

MRI検査

心電図、血液、

血液検査の結果数値が高かったので

血栓の超音波検査もしました。

 

手術前にした事は

色々経験者さんの動画やブログを見て

私も頑張ろうとイメージトレーニングをいっぱいしました。

 

私がこのブログに残してるのも

次にいつか同じように不安で悩む女性の為に

大丈夫だよ

安心して受けてねと

想いから今病室で書いてます。

 

入院までにした事は

とにかく体力が落ちると思い

エアロバイク、水泳

運動は毎日何かしら30分はしてきました。

 

体力があった方が

回復力も早くなると思うので

少し運動していた方が

絶対に良いと思います。

 

子宮全摘手術までの道のり1

 

2026年4月10日 AM9時〜

腹腔鏡手術という手法で子宮全摘、卵管切除手術を行なった。

 

ここに至るまで

遡ること5年前

婦人科検診で

子宮筋腫9センチが見つかる

当時の私は46歳

生理は3日間で終わってしまうが

毎月1回は定期的に来ていた。

生活するのには特に問題ない

人に聞けば

私もあるよ〜と何気ない会話で耳にする

女性が当たり前にある更年期問題の一つとして

軽く考えていた。

そうどこか他人事

大きくならないだろう

もうすぐ生理終わるしって....

 

婦人科の先生も様子を見ましょうと

半年の検査に通い4年が過ぎていた。

1年通って1センチぐらい大きくなっても

異常ではないらしいが

4年を過ぎた私の筋腫は14センチにもなっていった。

 

50を過ぎた頃から

どうしても感じる隠し用のないお腹の違和感に

ジワジワ耐えられない自分がいた。

 

座って立ちあがろうとする時に

いつも何かに引っ張られる違和感

夫との夜の生活も

筋腫が大きくて入らなかったらどうしようという恐怖で

いつしか自分の心が疲弊していた頃

 

ある日

性行時に出血が見られた。

流石に怖くなり

病院に診察へ行くと

先生から聞こえた声が

私を更に恐怖へ向かわせた。

膣の中に超音波の機械を入れて見たくても

筋腫が大き過ぎて見れないと...

 

このままだと子宮体癌の検診もできないとなり

いよいよ私の頭に手術という選択が頭にチラつき始めた。

昨年の夏の話である。

 

このまま見逃しで

レルミナという女性ホルモンを抑える薬を

飲み続ける選択もあったと思うが

 

もう精神的にも限界かなと思い

手術回数が最も多いと言われる病院へ

2026年1月から通い始める。